当ブログおよび、その前身の「板原村のだんじり会館」で何度か記事にしているこの貴重なだんじり「飯之山」を、先日の豊中町さんの町内イベントで拝見。

隅々まで見学させていただきました。
ご承知の通り、この唯一無二の形態を誇る地車は、明治26年8月の新調。
「今甚五郎」や「左ヱ門」と云われた忠岡の有名大工・櫻井義國 (棟木には何故か「櫻井芳國」の銘)の作。大工、墨引き、彫物をすべてこなすという正に名人とも言えます。

前後の姿見です。
入母屋・軒唐破風のラインが非常に美しい。

天井裏には製作年月と、櫻井義國さんの銘、豊中町の当時の役員さんの名前などが記されています。

この飯之山地車の最大の特徴がここ。
舞台の中央に物相飯(もっそめし)を、高さ60センチほどの高さに盛ります。
底の直径も60センチといったところ。

秋季大祭では、この巨大ご飯の前に鯛や酒などのお供え物を飾り、御旅所まで曳かれます。
鳴り物はこの舞台の下(後述)にあり、古き良き時代を物語る「二階構造」を今に伝えるというものです。

後方の土呂幕は観音開き式。
ここから鳴り物は乗りこんで太鼓をたたきます。

かなり窮屈な体勢になります。。。

扉を閉じるとこんな感じ。
密室、暑そう…。

では外観を見てみましょう。

垂木はカチコミ。
現代風の金型地彫などはありません。逆に垂木たるもの、何も彫っていないのが格好良く思えます。
シンプル イズ ベスト。

正面、連子部分から垂直に出た担い棒。
大津の濱地区では「前梃子」として、今もこのタイプが標準。
その昔、穴師地区でも板原町・豊中町・池浦町・虫取町は、このタイプの前梃子でした。
古き良き穴師の伝統を、こんなところからも感じることができます。

左右の平の姿見。
明治期製作のだんじりなので、現代サイズと比べると小振りになりますが
ただ、平の葺地の長さ(幅)を見ると、1枚屋根なので泉州最大クラスかと(笑)。

平の鬼板はご覧のような獅噛。大津では「鬼熊」と呼びます。
懸魚は波頭。これも味があっていいですね。
どちらも左ヱ門作の秀作!!

鬼熊は箕甲を噛まない位置。
泉南方面のやぐらもこんな感じだったかと。

正面の鬼板・懸魚・枡合いまわり。

枡合いには泉穴師神社の本殿(中央には、楠木正成が奉納したとされる石灯篭も彫られています!)。

腰回り正面です。

半松良に擬宝珠勾欄。
水板はシンプルな波。
土呂幕は泉穴師神社の境内から見た拝殿全景がとても忠実に描かれています。

さすが左ヱ門さん!

左右の半松良です。
左は天狗、右は巫女さん。
渡御(神幸)に登場する人物が四方に彫られているようですね。

続いて後面です。
後面の枡合は「牡丹に唐獅子」です。

後面の左右の木鼻。

後面の左右の半松良です。
後方からは人物が平方向を向いているので顔が見えません。

右平です。

神社正面の太鼓橋と、馬乗りの人物が彫られいます。

狛犬いいですね~

右平から見た半松良。
後方の人物は、神幸の「獅子舞」でした。

右平の木鼻

右平の枡合い

左平です。

ちょんまげの人物。
氏子・町民を表現されたのでしょうか。

着物姿のご婦人と子ども

半松良。左平から見た後方は猿でした。
昔は猿も神幸列に入ってたのかな???

左平の木鼻

左平の枡合い。右平とは真逆の構図です。

ぐるっと1周拝見しましたが、何周でも見入ってしまいます(汗)。
やっぱり古い作品はいいですね。

令和の大修理が施され、古い部材は交換されましたが
垂木のこの湾曲した部分は、新調当時のままでロマンを感じます!!

癒されます。。
派手で細かい作品が評価される時代ですが…
こういうのがいいんだよ。こういうのが。。。

いいもの見せていただいてご満悦の筆者。
同級生のとっちゃん、ポカリありがと。

ではまた。。