先日、泉大津の駅で「濱八町地車礼讃」の著者・花内さんとお会いしまして…しばし立ちばなし。
少しのつもりが、結構話し込んでしまいました。

こちらが「濱八町地車礼讃」。

さらに…
我が家にある、木下舜次郎さんの馬乗りの話題になり…

この馬乗りです。
昭和32年・木下舜次郎さんの作品。

で、そこでの会話から、少し裏話を。


以前、岸和田の波切ホールで開催された展示イベントでお見えになっただんじり彫刻界の巨匠、木下賢治さんが以下の話をされたそうです。
「昭和32年、山下町の新調をやっているとき、ある大工さんからの依頼でアメリカへ送るために(馬乗りを)2体こしらえてた」とのこと。
おそらく、我が家にある上記の馬乗りとアメリカへ行った分と、両方を見せた上で我が家にあるものが残ったか、もしくは、一旦アメリカへ行ってから戻ってきたのか…。


アメリカへ行った分は、花内さんの著書「濱八町地車礼讃」の木下舜次郎さんのページで下絵のみ掲載されてます。↓

アメリカへ渡ったとされる上記作品と、我が家の作品。
舜次郎さんの手により同時に作事されたものとされます。兜の形や足元の埃の表現など似ています。

ちなみに、舜さんは仕上げのノミを持ってなかったらしく、仕上げはどなたがされたのか…。
当時の若手といえば…。
中北(先代)、山下、小松里(先代)…あたりが新調された時代です。
ロマンがあります。

補足ですが
我が家にある馬乗りの底面裏には、「木村長門守重成」と書かれていて、賢治さんは「これは親父の字ぃや。間違いない」と、私が直接伺いました。

しかもローマ字で何やら書かれてましたので、アメリカ向けであったことの裏付けにもなりますね。

ツーショットに快く応じてくださった木下賢治さん。
「舜次郎さん作」のお墨付きをいただいた瞬間です。


愛媛で発見された幻の馬乗り。
我が家に到着したときは、ご覧の通りニスが塗られていて真っ黒でした。

以下は、灰洗い・欠損修復・彩色後のものです。(修復/彩色は彫陽 山本陽介師)

今宵もロマンに酔いしれて…
お酒が進みます。。

ではこれにて。